かしわばやしのよる
                 宮澤賢治


1
清作せいさくは、さあ日暮ひぐれれだぞ、日暮れだぞといながら、ひえの根もとにせっせと土をかけていました。

2
そのときはもう、あかがねづくりのお日さまが、南の山裾やますそ群青ぐんじよういろをしたとこに落ちて、野はらはへんにさびしくなり、白樺しらかばみきなどもなにかこなを噴いているようでした。

3
いきなり、向うのかしわばやしの方から、まるで調子ちようしはずれの途方とほうもない変な声で、
欝金うこんしゃっぽのカンカラカンのカアン。」とどなるのがきこえました。

4
清作はびっくりして顔いろを変え、くわをなげすてて、足音あしおとをたてないように、そっとそっちへ走って行きました。

5
ちょうどかしわばやしの前まで来たとき、清作はふいに、うしろからえり首をつかまれました。

6
びっくりして振りむいてみますと、赤いトルコ帽をかぶり、ねずみいろのへんなだぶだぶの着ものを着て、靴をはいた無暗にせいの高い眼のするどい画かきが、ぷんぷん怒って立っていました。
「何というざまをしてあるくんだ。まるでうようなあんばいだ。鼠のようだ。どうだ、辯解べんかいのことばがあるか。」

7
清作はもちろん辯解のことばなどはありませんでしたし、面倒めんどうくさくなったら喧嘩けんかしてやろうとおもって、いきなり空を向いて咽喉のどいっぱい、
「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン。」とどなりました。するとそのせ高のかきは、にわかに清作せいさくの首すじをはなして、まるでえるような声で笑いだしました。その音は林にこんこんひびいたのです。
「うまい、じつにうまい。どうです、すこし林のなかをあるこうじゃありませんか。そうそう、どちらもまだ挨拶あいさつを忘れていた。ぼくからさきにやろう。いいか、いや今晩こんばんは、野はらには小さく切った影法師かげぼうしがばらきですね、と。ぼくのあいさつはこうだ。わかるかい。こんどは君だよ。えへん、えへん。」といながら画かきはまた急に意地悪いじわるい顔つきになって、ななめに上の方からけいべつしたように清作を見おろしました。

8
清作せいさくはすっかりどぎまぎしましたが、ちょうど夕がたでおなかがいて、雲が団子だんごのように見えていましたからあわてて、
「えっ、今晩は。よいお晩でございます。えっ。お空はこれから銀のきなでまぶされます。ごめんなさい。」

9
と言いました。

10
ところが画かきはもうすっかりよろこんで、手をぱちぱちたたいて、それからはねあがって言いました。
「おい君、行こう。林へ行こう。おれは柏の大王だいおうのお客さまになって来ているんだ。おもしろいものを見せてやるぞ。」

11
画かきはにわかにまじめになって、赤だの白だのぐちゃぐちゃついたきたない絵の具箱ぐばこをかついで、さっさと林の中にはいりました。そこで清作も、くわをもたないで手がひまなので、ぶらぶら振ってついて行きました。

12
林のなかは浅黄あさぎいろで、肉桂にくけいのようなにおいがいっぱいでした。ところが入口から三本目の若いかしわの木は、ちょうど片脚かたあしをあげておどりのまねをはじめるところでしたが二人の来たのを見てまるでびっくりして、それからひどくはずかしがって、あげた片脚のひざを、がわるそうにべろべろめながら、横目でじっと二人の通りすぎるのをみていました。ことに清作が通り過ぎるときは、ちょっとあざ笑いました。清作はどうも仕方しかたないというような気がしてだまって画かきについて行きました。

13
ところがどうも、どの木も画かきには機嫌きげんのいい顔をしますが、清作にはいやな顔を見せるのでした。

14
一本のごつごつしたかしわの木が、清作の通るとき、うすくらがりに、いきなり自分のあしをつき出して、つまずかせようとしましたが清作は、
「よっとしょ。」と云いながらそれをはねえました。

15
画かきは、
「どうかしたかい。」といってちょっとふり向きましたが、またすぐ向うを向いてどんどんあるいて行きました。

16
ちょうどそのとき風が来ましたので、林中の柏の木はいっしょに、
「せらせらせら清作、せらせらせらばあ。」とうす気味のわるい声を出して清作をおどそうとしました。

17
ところが清作は、かえってじぶんで口をすてきに大きくして横の方へまげて、
「へらへらへら清作、へらへらへら、ばばあ。」とどなりつけましたので、柏の木はみんなぎもをぬかれてしいんとなってしまいました。画かきはあっはは、あっははとびっこのような笑いかたをしました。

18
そして二人はずうっと木の間を通って、柏の木大王のところに来ました。

19
大王は大小とりまぜて十九本の手と、一本の太いあしとをもって居りました。まわりにはしっかりしたけらいの柏どもが、まじめにたくさんがんばっています。

20
画かきは絵の具ばこをカタンとおろしました。すると大王はまがったこしをのばして、低い声で画かきにいました。
「もうお帰りかの。待ってましたじゃ。そちらは新らしい客人じゃな。が、その人はよしなされ。前科者ぜんかものじゃぞ。前科九十八ぱんじゃぞ。」

21
清作が怒ってどなりました。
「うそをつけ、前科者だと。おら正直だぞ。」

22
大王もごつごつのむねを張って怒りました。
「なにを。証拠しようこはちゃんとあるじゃ。また帳面ちようめんにもっとるじゃ。貴さまの悪いおののあとのついた九十八の足さきがいまでもこの林の中にちゃんと残っているじゃ。」
「あっはっは。おかしなはなしだ。九十八の足さきというのは、九十八の切株きりかぶだろう。それがどうしたというんだ。おれはちゃんと、山主やまぬし藤助とうすけに酒を二しよう買ってあるんだ。」
「そんならおれにはなぜ酒を買わんか。」
「買ういわれがない。」
「いや、ある、沢山たくさんある。買え。」
「買ういわれがない。」

23
画かきは顔をしかめて、しょんぼり立ってこの喧嘩けんかをきいていましたがこのとき、にわかに林の木の間から、東の方を指さして叫びました。
「おいおい、喧嘩はよせ。まんまるい大将に笑われるぞ。」

24
見ると東のとっぷりとした青い山脈の上に、大きなやさしいももいろの月がのぼったのでした。お月さまのちかくはうすい緑いろになって、柏の若い木はみな、まるで飛びあがるように両手をそっちへ出して叫びました。
「おつきさん、おつきさん、おっつきさん、

25
ついお見れして すみません

26
あんまりおなりが ちがうので

27
ついお見外れして すみません。」

28
柏の木大王も白いひげをひねって、しばらくうむうむと云いながら、じっとお月さまをながめてから、しずかに歌いだしました。
「こよいあなたは ときいろの

29
むかしのきもの つけなさる

30
かしわばやしの このよいは

31
なつのおどりの だいさんや

32
やがてあなたは みずいろの

33
きょうのきものを つけなさる

34
かしわばやしの よろこびは

35
あなたのそらに かかるまま。」

36
かきがよろこんで手をたたきました。
「うまいうまい。よしよし。夏のおどりの第三夜。みんな順々じゆんじゆんにここに出て歌うんだ。じぶんの文句でじぶんのふしで歌うんだ。一等賞とうしようから九等賞まではぼくが大きなメタルを書いて、明日枝にぶらさげてやる。」

37
清作もすっかり浮かれていました。
「さあ来い。へたな方の一等から九等までは、あしたおれがスポンと切って、こわいとこへ連れてってやるぞ。」

38
すると柏の木大王が怒りました。
「何をうか。無礼者ぶれいもの。」
「何が無礼だ。もう九本切るだけは、とうに山主の藤助とうすけに酒を買ってあるんだ。」
「そんならおれにはなぜ買わんか。」
「買ういわれがない。」
「いやある、沢山たくさんある。」
「ない。」

39
画かきが顔をしかめて手をせわしくって云いました。
「またはじまった。まあぼくがいいようにするから歌をはじめよう。だんだん星も出てきた。いいか、ぼくが歌うよ。賞品しようひんのうただよ。

40
一とうしょうは 白金はつきんメタル

41
二とうしょうは きんいろメタル

42
三とうしょうは すいぎんメタル

43
四とうしょうは ニッケルメタル

44
五とうしょうは とたんのメタル

45
六とうしょうは にせがねメタル

46
七とうしょうは なまりのメタル

47
八とうしょうは ぶりきのメタル

48
九とうしょうは マッチのメタル

49
十とうしょうから百とうしょうまで

50
あるやらないやらわからぬメタル。」

51
柏の木大王きだいおう機嫌きげんを直してわははわははと笑いました。

52
柏の木どもは大王を正面に大きなをつくりました。

53
お月さまは、いまちょうど、水いろの着ものと取りかえたところでしたから、そこらは浅い水の底のよう、木のかげはうすくあみになって地に落ちました。

54
画かきは、赤いしゃっぽもゆらゆら燃えて見え、まっすぐに立って手帳てちようをもち鉛筆えんぴつをなめました。
「さあ、早くはじめるんだ。早いのは点がいいよ。」

55
そこで小さな柏の木が、一本ひょいっとのなかから飛びだして大王に礼をしました。

56
月のあかりがぱっと青くなりました。
「おまえのうたはだいはなんだ。」画かきはもつともらしく顔をしかめていました。
「馬とうさです。」
「よし、はじめ。」画かきは手帳に書いて云いました。
うさぎのみみはなが……。」
「ちょっと待った。」画かきはとめました。「鉛筆が折れたんだ。ちょっとけずるうち待ってくれ。」

57
そして画かきはじぶんの右足のくつをぬいでその中に鉛筆を削りはじめました。柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそはなし合いながら見てりました。そこで大王もとうとう言いました。
「いや、客人きやくじん、ありがとう。林をきたなくせまいとの、そのおこころざしはじつにかたじけない。」

58
ところが画かきは平気で
「いいえ、あとでこのけずりくずをつくりますからな。」

59
と返事したものですからさすがの大王も、すこし工合ぐあいが悪そうに横を向き、柏の木もみなきようをさまし、月のあかりもなんだか白っぽくなりました。

60
ところが画かきは、削るのがすんで立ちあがり、愉快ゆかいそうに、
「さあ、はじめて呉れ。」と云いました。

61
柏はざわめき、月光も青くすきとおり、大王も機嫌きげんなおしてふんふんと云いました、

62
若い木は胸をはってあたらしく歌いました。
「うさぎのみみはながいけど

63
うまのみみよりながくない。」
「わあ、うまいうまい。ああはは、ああはは。」みんなはわらったりはやしたりしました。
「一とうしょう、白金はくきんメタル。」と画かきが手帳につけながら高く叫びました。
「ぼくのはきつねのうたです。」

64
また一本の若い柏の木がでてきました。月光はすこし緑いろになりました。
「よろしいはじめっ。」
「きつね、こんこん、きつねのこ、

65
月よにしっぽが燃えだした。」
「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」
「第二とうしょう、きんいろメタル。」
「こんどはぼくやります。ぼくのはねこのうたです。」
「よろしいはじめっ。」
「やまねこ、にゃあご、ごろごろ

66
さとねこ、たっこ、ごろごろ。」
「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」
「第三とうしょう、水銀すいぎんメタル。おい、みんな、大きいやつも出るんだよ。どうしてそんなにぐずぐずしてるんだ。」画かきが少し意地いじわるい顔つきをしました。
「わたしのはくるみの木のうたです。」

67
すこし大きな柏の木がはずかしそうに出てきました。
「よろしい、みんなしずかにするんだ。」

68
柏の木はうたいました。
「くるみはみどりのきんいろ、な、

69
風にふかれて、すいすいすい、

70
くるみはみどりの天狗てんぐのおうぎ、

71
風にふかれて、ばらんばらんばらん、

72
くるみはみどりのきんいろ、な、

73
風にふかれて、さんさんさん。」
「いいテノールだねえ。うまいねえ、わあわあ。」
「第四とうしょう、ニッケルメタル。」
「ぼくのはさるのこしかけです。」
「よし、はじめ。」

74
柏の木は手をこしにあてました。
「こざる、こざる、

75
おまえのこしかけぬれてるぞ、

76
きり、ぽっしゃん、ぽっしゃん、ぽっしゃん、

77
おまえのこしかけくされるぞ。」
「いいテノールだねえ、いいテノールだねえ、うまいねえ、うまいねえ、わあわあ。」
「第五とうしょう、とたんのメタル。」
「わたしのはしゃっぽのうたです。」それはあの入口から三ばん目の木でした。
「よろしい。はじめ。」
「うこんしゃっぽのカンカラカンのカアン

78
あかいしゃっぽのカンカラカンのカアン。」
「うまいうまい。すてきだ。わあわあ。」
「第六とうしょう、にせがねメタル。」

79
このときまで、しかたなくおとなしく聞いていた清作せいさくが、いきなり叫びだしました。
「なんだ、この歌にせものだぞ。さっきひとのうたったのまねしたんだぞ。」
「だまれ、無礼ぶれいもの、そのほうなどの口を出すところでない。」柏の木大王がぶりぶりしてどなりました。
「なんだと、にせものだからにせものと云ったんだ。生意気なまいきいうと、あしたおのをもってきて、片っぱしからってしまうぞ。」
「なにを、こしゃくな。そのほうなどの分際ぶんざいでない。」
「ばかをえ、おれはあした、山主の藤助にちゃんと二升酒を買ってくるんだ。」
「そんならなぜおれには買わんか。」
「買ういわれがない。」
「買え。」
「いわれがない。」
「よせ、よせ、にせものだからにせがねのメタルをやるんだ。あんまりそう喧嘩けんかするなよ。さあ、そのつぎはどうだ。出るんだ出るんだ。」

80
お月さまの光が青くすきとおってそこらは湖の底のようになりました。
「わたしのは清作せいさくのうたです。」

81
またひとりの若い頑丈がんじようそうな柏の木が出ました。
「何だと、」清作が前へ出てなぐりつけようとしましたら画かきがとめました。
「まあ、待ちたまえ。君のうただって悪口ともかぎらない。よろしい。はじめ。」

82
柏の木は足をぐらぐらしながらうたいました。
「清作は、一等卒いつとうそつの服を着て

83
野原に行って、ぶどうをたくさんとってきた。

84
うだ。だれかあとをつづけてくれ。」
「ホウ、ホウ。」かしわの木はみんなあらしのように、清作をひやかして叫びました。
「第七とうしょう、なまりのメタル。」
「わたしがあとをつけます。」さっきの木のとなりからすぐまた一本の柏の木がとびだしました。
「よろしい、はじめ。」

85
かしわの木はちらっと清作の方を見て、ちょっとばかにするようにわらいましたが、すぐまじめになってうたいました。
「清作は、葡萄ぶどうをみんなしぼりあげ

86
砂糖を入れて

87
びんにたくさんつめこんだ。

88
 おい、だれかあとをつづけてくれ。」
「ホッホウ、ホッホウ、ホッホウ、」柏の木どもは風のような変な声をだして清作をひやかしました。

89
清作はもうとびだしてみんなかたっぱしからぶんなぐってやりたくてむずむずしましたが、画かきがちゃんと前へ立ちふさがっていますので、どうしても出られませんでした。
「第八等、ぶりきのメタル。」
「わたしがつぎをやります。」さっきのとなりから、また一本の柏の木がとびだしました。
「よし、はじめっ。」
「清作が、納屋なやにしまった葡萄酒ぶどうしゆ

90
順序じゆんじよただしく

91
みんなはじけてなくなった。」
「わっはっはっは、わっはっはっは、ホッホウ、ホッホウ、ホッホウ。がやがやがや……。」
「やかましい。きさまら、なんだってひとの酒のことなどおぼえてやがるんだ。」清作が飛び出そうとしましたら、画かきにしっかりつかまりました。
「第九とうしょう。マッチのメタル。さあ、次だ、次だ、出るんだよ。どしどし出るんだ。」

92
ところがみんなは、もうしんとしてしまって、ひとりも出るものがありませんでした。
「これはいかん。でろ、でろ、みんなでないといかん。でろ。」画かきはどなりましたが、もうどうしてもたれも出ませんでした。

93
仕方しかたなく画かきは、
「こんどはメタルのうんといいやつを出すぞ。早く出ろ。」と云いましたら、柏の木どもははじめてざわっとしました。

94
そのとき林の奥の方で、さらさらさらさら音がして、それから、
「のろづきおほん、のろづきおほん、

95
おほん、おほん、

96
ごぎのごぎのおほん、

97
おほん、おほん、」とたくさんのふくろうどもが、お月さまのあかりに青じろくはねをひるがえしながら、するするするする出てきて、柏の木の頭の上や手の上、肩やむねにいちめんにとまりました。

98
立派りつぱな金モールをつけたふくろうの大将が、上手じようずに音もたてないで飛んできて、柏の木大王の前に出ました。そのまっ赤な眼のくまが、じつに奇体きたいに見えました。よほど年老としよりらしいのでした。
「今晩は、大王どの、また高貴こうき客人きやくじんがた、今晩はちょうどわれわれの方でも、飛び方とつかじゆつとの大試験であったのじゃが、ただいまやっと終わりましたじゃ。

99
ついてはこれから聯合れんごうで、大乱舞会だいらんぶかいをはじめてはどうじゃろう。あまりにもたえなるうたのしらべが、われらのまどいのなかにまで響いて来たによって、このようにまかり出ましたのじゃ。」
「たえなるうたのしらべだと、畜生ちくしよう。」清作が叫びました。

100
柏の木大王がきこえないふりをして大きくうなずきました。
「よろしゅうござる。しごく結構でござろう。いざ、早速さつそくとりはじめるといたそうか。」
「されば、」ふくろうの大将はみんなの方に向いてまるで黒砂糖くろざとうのようなあまったるい声でうたいました。
「からすかんざえもんは

101
くろいあたまをくうらりくらり、

102
とんびとうざえもんは

103
あぶら一しようでとうろりとろり、

104
そのくらやみはふくろうの

105
いさみにいさむもののふが

106
みみずをつかむときなるぞ

107
ねとりをおそうときなるぞ。」

108
ふくろうどもはもうみんなばかのようになってどなりました。
「のろづきおほん、

109
おほん、おほん、

110
ごぎのごぎおほん、

111
おほん、おほん。」

112
かしわの木大王がまゆをひそめて云いました。
「どうもきみたちのうたは下等かとうじゃ。君子くんしのきくべきものではない。」ふくろうの大将はへんな顔をしてしまいました。すると赤と白のじゆをかけたふくろうの副官ふくかんが笑って云いました。
「まあ、こんやはあんまり怒らないようにいたしましょう。歌もこんどは上等のをやりますから。みんな一しょにおどりましょう。さあ木の方も鳥の方も用意いいか。

113
おつきさんおつきさん まんまるまるるるん

114
おほしさんおほしさん ぴかりぴりるるん

115
かしわはかんかの かんからからららん

116
ふくろはのろづき おっほほほほほほん。」

117
かしわの木は両手をあげてそりかえったり、頭や足をまるで天上に投げあげるようにしたり、一生けん命踊りました。それにあわせてふくろうどもは、さっさっと銀いろのはねを、ひらいたりとじたりしました。じつにそれがうまく合ったのでした。月の光は真珠しんじゆのように、すこしおぼろになり、柏の木大王もよろこんですぐうたいました。
「雨はざあざあ ざっざざざざざあ

118
風はどうどう どっどどどどどう

119
あられぱらぱらぱらぱらったたあ

120
雨はざあざあ ざっざざざざざあ。」
「あっだめだ、きりが落ちてきた。」とふくろうの副官が高く叫びました。

121
なるほど月はもう青白い霧にかくされてしまってぼうっとまるく見えるだけ、その霧はまるで矢のように林の中に降りてくるのでした。

122
柏の木はみんな度をうしなって、片脚かたあしをあげたり両手をそっちへのばしたり、眼をつりあげたりしたまま化石かせきしたようにつっ立ってしまいました。

123
冷たい霧がさっと清作の顔にかかりました。画かきはもうどこへ行ったか赤いしゃっぽだけがほうり出してあって、自分はかげもかたちもありませんでした。

124
霧の中を飛ぶ術のまだできていないふくろうの、ばたばたげて行く音がしました。

125
清作はそこで林を出ました。柏の木はみんなおどりのままの形で残念そうに横眼で清作を見送りました。

126
林を出てから空を見ますと、さっきまでお月さまのあったあたりはやっとぼんやりあかるくて、そこを黒い犬のような形の雲がかけて行き、林のずうっとむこうの沼森ぬまもりのあたりから、
「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン。」と画かきが力いっぱい叫んでいる声がかすかにきこえました。




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