気のいい火山弾かざんだん
             宮澤賢治


1
ある死火山しかざんのすそ野のかしわの木のかげに、「ベゴ」というあだ名の大きな黒い石がながいことじぃっとすわっていました。
「ベゴ」とう名は、そのへんの草の中にあちこちらばった、かどのあるあまり大きくない黒い石どもが、つけたのでした。ほかに、立派な、本とうの名前もあったのでしたが、「ベゴ」石もそれを知りませんでした。

2
ベゴ石は、かどがなくて、丁度ちようど卵の両はじを、少しひらたくのばしたような形でした。そして、ななめに二本の石のおびのようなものが、からだを巻いてありました。非常ひじように、たちがよくて、一ぺんもおこったことがないのでした。

3
それですから、深いきりがこめて、空も山も向うの野原もなんにも見えず退たいくつな日は、稜のある石どもは、みんな、ベゴ石をからかって遊びました。
「ベゴさん。今日こんちは。おなかの痛いのは、なおったかい。」
「ありがとう。僕は、おなかが痛くなかったよ。」とベゴ石は、霧の中でしずかにいました。
「アァハハハハ。アァハハハハハ。」かどのある石は、みんな一度に笑いました。
「ベゴさん。こんちは。ゆうべは、ふくろうがお前さんに、とうがらしを持って来てやったかい。」
「いいや。ふくろうは、昨夜ゆうべ、こっちへ来なかったようだよ。」
「アァハハハハ。アァハハハハハ。」稜のある石は、もう大笑いです。
「ベゴさん。今日は。昨日の夕方、きりの中で、野馬がお前さんに小便しようべんをかけたろう。気のどくだったね。」
「ありがとう。おかげでそんな目には、あわなかったよ。」
「アァハハハハ。アァハハハハハ。」みんな大笑いです。
「ベゴさん。今日は。今度新らしい法律ほうりつが出てね、まるいものや、まるいようなものは、みんな卵のように、パチンと割ってしまうそうだよ。お前さんも早く逃げたらどうだい。」
「ありがとう。僕は、まんまる大将のお日さんと一しょに、パチンと割られるよ。」
「アァハハハハ。アァハハハハハ。どうも馬鹿ばかで手がつけられない。」

4
丁度その時、きりが晴れて、お日様の光がきん色にし、青ぞらがいっぱいにあらわれましたので、かどのある石どもは、みんな雨のお酒のことや、雪の団子だんごのことを考えはじめました。そこでベゴ石も、しずかに、まんまる大将の、お日さまと青ぞらとを見あげました。

5
その次の日、又、きりがかかりましたので、稜石かどいしどもは、又べご石をからかいはじめました。実は、ただからかったつもりだっただけです。
「ベゴさん。おれたちは、みんな、かどがしっかりしているのに、お前さんばかり、なぜそんなにくるくるしてるんだろうね。一諸いつしよ噴火ふんかのとき、落ちて来たのにね。」
「僕は、生れてまだまっかにえて空をのぼるとき、くるくるくるくる、からだがまわったからね。」
「ははあ、僕たちは、空へのぼるときも、のぼる位のぼって、一寸ちょっととまった時も、それから落ちて来るときも、いつも、じっとしていたのに、お前さんだけは、なぜそんなに、くるくるまわったろうね。」

6
そのくせ、こいつらは、噴火でくだけて、まっくろなけむり一諸いつしよに、空へのぼった時は、みんな気絶していたのです。
「さあ、僕は一向まわろうとも思わなかったが、ひとりでからだがまわって仕方なかったよ。」
「ははあ、何かこわいことがあると、ひとりでからだがふるえるからね。お前さんも、ことによったら、臆病おくびようのためかも知れないよ。」
「そうだ。臆病のためだったかも知れないね。じっさい、あの時の、音や光は大へんだったからね。」
「そうだろう。やっぱり、臆病のためだろう。ハッハハハハッハ、ハハハハハ。」

7
かどのある石は、一しょに大声でわらいました。その時、霧がはれましたので、かどのある石は、空を向いて、てんでに勝手なことを考えはじめました。

8
ベゴ石も、だまって、かしわの葉のひらめきをながめました。

9
それから何べんも、雪がふったり、草が生えたりしました。かしわは、何べんも古い葉を落して、新らしい葉をつけました。

10
ある日、かしわが云いました。
「ベゴさん。僕とあなたが、おとなりになってから、もうずいぶん久しいもんですね。」
「ええ。そうです。あなたは、ずいぶん大きくなりましたね。」
「いいえ。しかし僕なんか、前はまるで小さくて、あなたのことを、黒い途方とほうもない山だと思っていたんです。」
「はあ、そうでしょうね。今はあなたは、もう僕の五倍もせいが高いでしょう。」
「そう云えばまあそうですね。」

11
かしわは、すっかり、うぬぼれて、枝をピクピクさせました。

12
はじめは仲間の石どもだけでしたがあんまりベゴ石が気がいいのでだんだんみんな馬鹿ばかにし出しました。おみなえしが、う云いました。
「ベゴさん。僕は、とうとう、黄金きんのかんむりをかぶりましたよ。」
「おめでとう。おみなえしさん。」
「あなたは、いつ、かぶるのですか。」
「さあ、まあ私はかぶりませんね。」
「そうですか。お気の毒ですね。しかし。いや。はてな。あなたも、もうかんむりをかぶってるではありませんか。」

13
おみなえしは、ベゴ石の上に、このごろ生えた小さなこけを見て、云いました。

14
ベゴ石は笑って、
「いやこれは苔ですよ。」
「そうですか。あんまり見ばえがしませんね。」

15
それから十日ばかりたちました。おみなえしはびっくりしたように叫びました。
「ベゴさん。とうとう、あなたも、かんむりをかぶりましたよ。つまり、あなたの上の苔がみな赤ずきんをかぶりました。おめでとう。」

16
べご石は、にが笑いをしながら、なにげなく云いました。
「ありがとう。しかしその赤頭巾あかずきんは、苔のかんむりでしょう。私のではありません。私のかんむりは、今に野原いちめん、銀色ぎんいろにやって来ます。」

17
このことばが、もうおみなえしのきもを、つぶしてしまいました。
「それは雪でしょう。大へんだ。大へんだ。」

18
べご石も気がついて、おどろいておみなえしをなぐさめました。
「おみなえしさん。ごめんなさい。雪が来て、あなたはいやでしょうが、毎年のことで仕方もないのです。その代り、来年雪が消えたら、きっとすぐ又いらっしゃい。」

19
おみなえしは、もう、へんじをしませんでした。又その次の日のことでした。蚊が一ぴきくうんくうんとうなってやって来ました。
「どうも、この野原には、むだなものが沢山たくさんあっていかんな。たとえば、このべご石のようなものだ。べご石のごときは、何のやくにもたたない。もぐらのようにつちをほって、空気をしんせんにするということもしない。草っぱのようにつゆをきらめかして、われわれの目の病をなおすということもない。くううん。くううん。」と云いながら、又向うへ飛んで行きました。

20
ベゴ石の上の苔は、前からいろいろ悪口を聞いていましたが、ことに、今のの悪口を聞いて、いよいよベゴ石を、馬鹿にしはじめました。

21
そして、赤い小さな頭巾をかぶったまま、踊りはじめました。
「ベゴ黒助くろすけ、ベゴ黒助、

22
黒助どんどん、

23
あめがふっても黒助、どんどん、

24
日が照っても、黒助どんどん。

25
べご黒助、べご黒助、

26
黒助どんどん、

27
千年たっても、黒助どんどん、

28
万年たっても、黒助どんどん。」

29
べご石は笑いながら、
「うまいよ。なかなかうまいよ。しかしその歌は、僕はかまわないけれど、お前たちには、よくないことになるかも知れないよ。僕が一つ作ってやろう。これからは、そっちをおやり。ね、そら、

30
「お空。お空。お空のちちは、

31
 つめたい雨の ザァザザザ、

32
 かしわのしずくトンテントン、

33
 まっしろきりのポッシャントン。

34
 お空。お空。お空のひかり、

35
 おてんとさまは、カンカンカン、

36
 月のあかりは、ツンツンツン、

37
 ほしのひかりの、ピッカリコ。」
「そんなものだめだ。面白くもなんともないや。」
「そうか。僕は、こんなこと、まずいからね。」

38
ベゴ石は、しずかに口をつぐみました。

39
そこで、野原中のものは、みんな口をそろえて、べご石をあざけりました。
「なんだ。あんな、ちっぽけな赤頭巾あかずきんに、ベゴ石め、へこまされてるんだ。もうおいらは、あいつとは絶交ぜつこうだ。みっともない。黒助くろすけめ。黒助、どんどん。ベゴどんどん。」

40
その時、向うから、眼がねをかけた、せいの高い立派な四人の人たちが、いろいろなピカピカする器械きかいをもって、野原をよこぎって来ました。その中の一人が、ふとベゴ石を見て云いました。
「あ、あった、あった。すてきだ。実にいい標本ひようほんだね。火山弾かざんだん典型てんけいだ。こんなととのったのは、はじめて見たぜ。あのおびの、きちんとしてることね。もうこれけでも今度の旅行は沢山たくさんだよ。」
「うん。実によくととのってるね。こんな立派りつぱな火山弾は、大英博物館だいえいはくぶつかんにだってないぜ。」

41
みんなは器械を草の上に置いて、ベゴ石をまわってさすったりなでたりしました。
「どこの標本でも、この帯の完全なのはないよ。どうだい。空でぐるぐるやった時の工合ぐあいが、実によくわかるじゃないか。すてき、すてき。今日すぐ持って行こう。」

42
みんなは、又、向うの方へ行きました。かどのある石は、だまってため息ばかりついています。そして気のいい火山弾かざんだんは、だまってわらって居りました。

43
ひるすぎ、野原の向うから、又キラキラめがねや器械が光って、さっきの四人の学者と、村の人たちと、一台の荷馬車にばしやがやってまいりました。

44
そして、かしわの木の下にとまりました。
「さあ、大切な標本ひようほんだから、こわさないようにしてたまえ。よく包んで呉れ給え。苔なんかむしってしまおう。」

45
苔は、むしられて泣きました。火山弾はからだを、ていねいに、きれいなわらや、むしろにつつまれながら、云いました。
「みなさん。ながながお世話でした。苔さん。さよなら。さっきの歌を、あとで一ぺんでも、うたって下さい。私の行くところは、ここのように明るい楽しいところではありません。けれども、私共は、みんな、自分でできることをしなければなりません。さよなら。みなさん。」
「東京帝国ていこく大学校地質ちしつ学教室行、」と書いた大きなふだがつけられました。

46
そして、みんなは、「よいしょ。よいしょ。」と云いながら包みを、荷馬車へのせました。
「さあ、よし、行こう。」

47
馬はプルルルと鼻を一つ鳴らして、青い青い向うの野原の方へ、歩き出しました。




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